LIFE(仮題).

つれづれ……というにはあまりにも休み休みですが(笑)。

謝罪:黙とう記事で高野連に 毎日新聞社(毎日インタラクティブ)

とはいえ、「黙祷を行わせなかった」見識の狭さ(頭の固さ?)までこれでぬぐえると思ったら大間違いですよ。
昔の甲子園では、8月15日の正午にプレーを1分間中断して黙祷をしていましたよね。被害者を思いやることももちろんですし、かつて日本人がやった蛮行を、せめて一瞬でも思うというのは大切なんだと思うんですよ。黙祷をすれば、それが何に捧げられるのかを知る必要が生まれるわけですし。
戦争は葬り去りたい過去の恥部ではありません。厳然たる歴史上の事実です。感情論を抜きにして、知らなければいけないんです。